全てを生きていない物語/『平家物語』感想
アニメ『平家物語』を見た。
個人的には、面白くないではないが好きになれなかった。
大筋はおよそ史実や(未読だが)原典通りなのだろうし、そこは文句を言ってもしかたない。
文句を言いたいのは主に、史実にも原典にも存在しないであろう主人公・びわだ。
びわは侍に父親を殺された少女で、当初は平家に恨みを持っていたが平重盛によって保護され、彼の家で暮らすことになる。
彼女は平家の身近で、しかし外側から彼らの興亡を見つめ、後に琵琶法師として平家物語を語り継ぐ。
その意図はわかるが、問題だと思うのは劇中での彼女が、いや彼女を筆頭に多くの人物が最終的に物語の奴隷になっていたことだ。
【生かされない未来予知】
びわは未来予知のような能力を持っている。
重盛たちの悲惨な最期を早い段階で予知していて、その運命への無力感に苛まれながらも壇ノ浦の合戦まで彼らと行動を共にする。
それを見ていて思った。
「何で未来を変えようとしないの?」と。
多くの作品で未来予知は未来を変えるための能力だ。
びわが見ている未来は断片的で情報量は少ないが、それでも安徳天皇の入水など決定的な場面を予知している。
びわは警告を発することができたはずだ。まだ繁栄を謳歌し、清盛が驕り高ぶっている時期に、「このままではとんでもないことになるぞ」と。アニメを見る限り少なくとも重盛や彼の息子たちはびわの能力を信じている様子だったし、未来への警戒を促せた可能性くらいはあっただろう。
壇ノ浦の合戦でのびわはここで安徳天皇が死ぬのだと確信していたはずで、なのに彼の母でありびわも姉のように慕っていた徳子に「船に乗るな」「帝と逃げろ」と言うこともない。
実際にそれが成功したかはわからない。びわが回避すべく取った行動もまた予知した未来へのレールの上にある、という展開なら悪趣味だとは思うが構わない。でもそうじゃない。
びわは自分の見た未来を変えられないと何故か決めてかかっている。
ヒロアカのサー・ナイトアイのように「変えようとしたがダメだった」という経験が描かれているわけでもない。とにかく最初から諦めているのだ。
何故びわに未来を変える行動を起こさせないかと言えば、異物だからだろうと思う。
原典通りのストーリーを辿らせなきゃいけないのに、原典に存在しないキャラクターの言葉や行動で無駄に複雑にしたくない。描きたいのはあくまで平家物語に登場する人物たちのドラマなのだから。
そういう都合はわかる。
じゃあ、未来予知の能力なんか持たせなきゃよかったじゃん。
びわなんてキャラ出さなきゃよかったじゃん。
【歴史の奴隷であれと促す物語】
びわが予知した未来を変えようとしない以上、アニメ平家物語は、すでにわかっている滅びの運命にキャラクターが従属する物語だ。
しかし、平家物語の登場人物は本来自分たちが滅びるなんて知らなかったはずだ。
清盛の横暴で敵を作り徐々に雲行きが怪しくなりやがて源氏に追い立てられる中で先行きを悲観する者たちは大勢いただろうと思う。でもそれはあくまで「予測」だ。「予知」とはわけがちがう。
歴史物語で登場人物の運命を予知しているのは読者視聴者だけだ。
当事者たる登場人物たちは現実の我々がそうであるように、狭い視野、断片的な情報で物を考え、未来を予測し、自分たちの現状を少しでもよくしようと戦い、結果成功したり、あるいは敗れて死んだりする。史実の平家も恐らくそうだっただろう。
アニメ『平家物語』はそうではない。
本来は誰も知らなかったはずの「運命」の視点を外部から挿入したキャラクターによって作中世界に持ち込み、登場人物をそれに従わせている。
その役目を与えられたびわは、彼女自身がれっきとしたあの世界の一人間であるにも関わらず平家の運命を悲観するばかりで回避の試みを一切しない。自分は物語のキャラクターではなく外側の語り手と決め込んでいるのだ。それは作り手の意図であってキャラクターの都合じゃないのに。
びわを筆頭に、このアニメの登場人物は大きな流れの奴隷に堕している部分が多々ある。
重盛の息子たちはびわの予知を知っているにも関わらず自分たちがどうなるのか尋ね、回避に全力を尽くすといった積極的な活用を試みないし、最終話での徳子は安徳天皇と共に三種の神器を持って投降するという考えを一度は頭に浮かべながら、悲観論に取り憑かれた母親が安徳天皇と入水するのを傍観している。史実での彼女がどうだったかは知らないが、アニメの中で描かれてきた息子だけは守ってみせるというキャラクターからは大いに乖離しているように感じた。
そこで 戸惑う でも運命が
ならば、全てを生きてやれ
何回だって言うよ世界は美しいよ
君がそれを諦めないからだよ
最終回のストーリーは初めから決まっていたとしても
今だけはここにあるよ 君のまま光ってゆけよ
最終回のストーリーをネタバラシされ、キャラクターが今を諦め、全てを生きてやれというOPのサビと裏腹の操り人形に堕してゆく。アニメ『平家物語』はそんな作品だった。