先生とそのお布団(石川博品/ガガガ文庫)
デビュー作以来ヒットに縁のないままのライトノベル作家・石川布団と人語を話す猫・「先生」(本名はロック)の生活を2012年~2017年春にかけて綴ったもの。
『漫画家漫画にせよラノベ作家ラノベにせよ、それを書く作者自身が成功していなきゃ説得力もないし興味も持たれない』
みたいなことを『ラノベのプロ!』冒頭で言っていましたが、実際その『ラノベのプロ!』もアニメ化された『エロマンガ先生』も『妹さえいればいい』も、ラノベ業界では成功した部類の作家によるものなのは、絶対でなくとも一定の証左と言えるんじゃないでしょうか。
ラノベのプロ! 年収2500万円のアニメ化ラノベ作家 (富士見ファンタジア文庫)
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対してこの作品の作者である石川博品先生は、カルト的な人気のある作家として有名ではあるものの、「売れた」とは到底言えないレベルでしょう。
ラノベ作家モノラノベも漫画家漫画も、大なり小なり読者にメタ的というか、作者と作中のキャラクターを重ねた読み方を誘う作りになっていると思いますが(だからこそ一定の成功を収めた作家じゃないと価値が薄い)、この作品はそれで言えば極大で、作中の作家・石川布団の経歴はほぼほぼ石川博品先生をなぞっています。
僕は石川博品ファンというわけではありません。
『四人制姉妹百合物帳』『後宮楽園球場』『メロディリリック・アイドル・マジック』『あたらしくうつくしいことば』と割りと近年の数作しか読んでいないし、(石川布団が集大成と言っていた作品の元ネタであろう)『メロディ・リリック・アイドル・マジック』は個人的に全然面白いと思いません。
メロディ・リリック・アイドル・マジック (ダッシュエックス文庫DIGITAL)
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でもこの作品を読むと、石川博品という作家のことがめちゃめちゃ好きになれます。
いや、石川布団=石川博品という読み方も、読者側としての作品への印象と作家側の視点で書かれた彼の人間性への印象を混同するのもよくないとは思うんですけど、でも好きになったんだからしかたないだろうという感じ。
石川布団が文章を校正する際に見せるこだわりも、将来への不安も、人間嫌いで世間に興味を持てない故に「狭い」作品ばかり書いているのではという劣等感も、才能あふれる作家の作品に注ぐ視線も、僕自身一人の創作者として大いに共感するところがありました。
いくら一部で人気を得ようとそれで一角の成功を収められるほどではなく、「成功していない作家」の多くが消えていく中で苦労して作品を世に出しては打ちのめされることの連続という様が痛々しく、その繰り返しの中で三十代半ばだった彼は四十歳に手の届きそうなところまで年齢を重ねています。
次こそ売れてくれという気持ちになりますが、現実の石川博品が売れない限り彼も売れないのでしょう。彼が作中で出した本はことごとく打ち切りに終わっています(最後に出版の決まった『先生とそのお布団』はもちろんこの作品の売上次第なわけですが)。
そんな布団に先生が発した「お前はとうとい」という言葉が胸を打ちます。
石川布団がこの先も一切売れないとしても、今なしている書くという営みが現在のことばを形作り、そしてそこからまた新しいことばたちが生まれてくる。
今我々の中にあることばが過去の全ての人たちのことばから生まれてきたように。
彼より遥かに成功している和泉美良も、早々に筆を折ってしまった作家たちもそこに優劣はなく。
先生のことばは布団の成功を保証するものでは全くないし、彼の小説を面白いとさえ言っていません。
だからとても残酷なのですが、それでも、たとえ彼の小説が全く売れず何も面白くなかったとしても、書くということへのこの上ない肯定なのではないでしょうか。
成功しなければ食っていけないし、がんばって書いても売れなかったら嫌になる個人としての創作者が、ことばというスポーツや武道ほど明確な体系も団体もないものにそこまで献身できる気持ちになれるかはわかりません。僕は多分無理です。
それでもこうしたことばが説得力を持ち、それを受けた石川布団がこれからも書き続けることに納得できるのは、作品を通じて描かれた小説への愛情がこの上なく温かいものであったからではと思います。
僕の創作姿勢はこうした献身とは無縁だけれど、その偉大な流れに自分も与しているのだと言われるととても誇らしく、勇気が湧く気がしました。
そして、こんなことを書いておいて矛盾するかも知れませんが、そうは言ってもこれを読んでしまうと、石川博品には成功して欲しいと願わずにはいられません。
『メロリリ』が合わなかったので次回作を僕が面白いと思う保証は何もないんですが、どうかこの作品に関しては売れて欲しい。
石川博品を別に好きではない人も、物語を書かない人も、このことばへの愛に溢れた小説に触れ、愛してくれたらと。
実はこの小説、カクヨム版は無料で読むことができます。
僕は書籍版を読んだだけなのでわからないのですが、書籍化にあたって大幅な加筆がなされているらしいので、まずはこちらを読んでみて気に入ったら、というのもいいかもしれません。特別編も公開されています。