ジョジョリオンって何の話だったの?
『ジョジョの奇妙な冒険』第8部『ジョジョリオン』を読了した。
もともと21巻までコミックスで追っていたが、「ジョジョだから一応買ってるけどあんまり」という評価で、22巻以降は買っていなかった。
今回、完結したのもあって1〜27巻まで通して読んだところ、これは一気読みなのが大きいと思うが印象にあるより面白かった。(だいたいの作品は一気読みの方が面白いと思う。感情が新鮮なまま次のエピソードに進めるからだろう)
憲助や常敏など好きになれるキャラクターもいたし、スタンドバトルも面白いアイディアに富んだものが多かった。身元不明の主人公・東方定助の過去探しから始まり、過去が明かされてもなお実感を持ったアイデンティティを得られない彼が、今の暮らしの中で得た絆を守ろうと戦う様はベタベタではあるけど感動的だったと思う。
ただ、その上で、最後まで読んで思ったことは「これ何の話?」だ。
ジョジョリオンという作品は何がテーマなのか、物語を通じて描きたいことが何なのかわからない。
細かい矛盾や使われなかった設定など挙げていけばキリがないのはいつものことだが、もっと重大な欠陥がジョジョリオンにはあり、それがもやっとした読後感の最大要因なのだと思う。
【『呪いをとく物語』←言うほどか?】
ジョジョリオンのテーマらしきものは語り手の広瀬康穂が明言している。
「これは『呪い』を解く物語」らしい。1話も同様のナレーションから始まる。
なのにテーマがわからなかったなんて感想になるのはジョジョリオンがそういう物語だったな〜とは思えないからで、なぜかと言えば、呪いを解くことが物語の中心に感じられないからだ。
ナレーションで言う「呪い」が具体的に何か明言されてはいないが、真っ先に挙がるのが東方家の長男に代々発生する遺伝病だろう。
ラスボス・透龍との決戦ではロカカカの実の力で東方つるぎの病を透龍に移し、勝利すると共につるぎは病から救われた。(ところであれって次の世代に発病しないなんて保証は全くないと思うんだけど呪いそのものが移ったの?)
しかし、つるぎは所詮脇役の一人だ。
主人公の定助は東方家の長男ではないし、東方家に婿に来て子供を授かり、その子がこの呪いによって明日をも知れぬ命……みたいな事情があるわけでもない。
定助は吉良吉影と空条徐世文が融合した人間で、それによるアイデンティティの欠落が彼の物語を通じた苦しみになってはいるが、呪いである、と言えるほどの描き方はされていないと思う。
東方家の病が呪いなら病が、それとは別な呪いがあるならそれが物語を通して解くべき、解かれた呪いであると感じられるように要素を配置しストーリーを展開すべきだったし、そうじゃないからこそのこの感想じゃないかと思う。
【罪と対決する物語だったのでは?】
呪いを解く物語として不十分と書いたが、個人的に「ジョジョリオンにおける『呪いを解く』は本来これを軸にして描かれるはずだったのではないか」と感じられる要素がある。
それは「罪との対決」だ。
例えば東方家の土地に宿り、定助を誕生させたパワーはSBRのキーアイテムだった聖人の遺体によるものだが、さらに言えば妻を救うためにあの地へ遺体を持ち込み、自分たちと関係ない誰かへ不幸を押し付けようとしたジョニィ・ジョースターの過ちがある。
東方常敏は東方家の繁栄のためにロカカカの実を用いた黒い商売に手を付け、母の花都は常敏を救うためにまだ助けられたかも知れない少年を殺害している。
共通するのは身内に対しては心からの愛情を持っていて、しかしそのためなら他者にリスクを押し付けてしまおうという発想だ。
これはSBRの大統領のD4C、そして新ロカカカの実にも通じている。
悪人とまでは言えない人々が生きる中で犯してきた罪が呪いとなって彼ら自身や子孫を蝕み、過去の罪の清算、現在の罪への償いによって呪いが解かれる――そういった構成だったらテーマ面での不満は抱かなかったかも知れない。
しかし、実際のジョジョリオンではそうした部分は皆無ではないにせよかなり薄いというか散漫になってしまっている。
理由として思うのはやはり、敵が岩人間だからだろう。
【岩人間とは何だったのか】
ジョジョリオンの散漫な印象を大きく加速させているのが岩人間だ。
設定は柱の男に近いところもあるが吸血鬼や柱の男に比べると単純に強くないため、脆弱な人間が強大な怪物に立ち向かう、という人間讃歌的なロマンもあまり感じられなかった。スタンドバトルでフィジカルな強さを押し出してもあまり意味がないというのがあるかも知れないが、ならなおさら、岩人間というか岩生物の物語上の意味は何だったのか。
彼らは生物として人間とは決して相容れないと何度も強調されているが、人間/岩人間、炭素生物/珪素生物の構図がこの物語を面白くしていた気がしない。東方家やジョースター家とのその出自において深い関わりがあるわけでもなく、彼らとの戦いが利害の対立以上のものになってないように感じた。
ラスボスなのにぽっと出感しかなかった透龍がそれを象徴しているのではないか。
ジョジョリオンは、東方家ジョースター家に始まり彼らの問題に収束する、もっと内輪の物語にするべきだったと思う。
岩人間という外敵と戦わせたことで戦いのテーマ性が薄れ、ナレーションで語られるようなテーマに実感が得られず、「何の話だったんだろう」という印象になってしまった。
個人的に、わざわざ考察しなければ疑問符だらけになるようなわかりにくい物語は苦手だ。
ジョジョが7部以降急激にそちら側の漫画になっていっているのは誰もが認めるところだろう。
作者の嗜好や思想が変化するのも、それによって作風が変化するのもしかたない。
しかたないが、9部ではせめて難解であってもいいから、大きく打ち出しているテーマには実感が伴うように描いてほしいと思う。